玉様を観続けて35年!私の目から見た玉様の舞台あれこれを主に「歌舞伎」を語りたい・・。

5年振りのお園さん
もう日がとっぷり暮れた外、雨足がひと際激しくなって・・・

「よく降る雨だねえ 」 こみ上げてくる嗚咽を噛みしめながら、微かに、微かに
肩の震えを抑えようと必死な、お園さんの後姿

陽気で、お喋りで、大酒飲みで、思いやりがある愛すべきお園さん。
刃物三昧の後の動揺を、大好きなお酒でやっと人心地ついたお園さん

人前で、賑やかにふるまう人ほど、内心は凄〜く寂しがりやなんだよねえ

『玉三郎の芸質』どんな役でも、いつも哀愁がある。そこが昔から大好きでした。

【ふるあめりか・・】の初演どき、玉三郎の仁ではないと云われ、私も同感。

だから、初演は観なかったんです。遠征してまでは。今にして思えば、観ておいたらよかったと思いました。

仁にない役をここまで、自分のものにしてしまう玉さまの凄さ 脱帽。

07年12月、歌舞伎座での公演で感激しまくって、 の感想をブログに書いたので、今回は省略します。

今回【ふるあめりか・・】初見のフアンの方々が、感動しているのに、云うべきでは
ないかなあ・・と思いますが、やっぱり一言述べたいです。

歌舞伎座の方が数段良かった!(玉さまは別格)
それは、勘三郎さんの岩亀楼主人の、楽しかったこと!!ああいう役をやると、勘三郎さんの右に
出る人はいないでしょう。

それにプラス玉さまとの息のあったやりとり、これが又、絶妙!!

だから数倍楽しくなっちゃう。
玉さまと勘三郎さんは、何をやっても、息ピッタリ。このところ、全く共演がなくて・・・

どうしても、先に観た最高の舞台が浮かんで来て、いけませんねえ。

その分、玉さまばかりを観て、相変わらず綺麗だねえ、可愛いお園さんだねえ、
お園に成りきって、玉さま自身お芝居を楽しんじゃってる。ゆとりなんでしょうね。

私すっかり楽しんじゃった。観客みい〜んな、楽しんじゃってましたね。

今回の亀遊さんは・・う〜ん、お園さんの方が数倍綺麗失礼シマシタ。
まだ他あるけど・・ヤメマショウ

玉三郎展のことですが、Mちゃんと10時待ち合わせで入りましたが、ガラガラでした。
お芝居は2時からだから、お昼ご飯を済ませてからの方が多かったのでは。

みよ吉「ホラ、この墨染のポスター、お静礼三 ホラホラね、私が東京から大阪へ
転居してくるの待っていてくれたかのように、早々、南座へ行ったんだよ

Mちゃん 「ああ〜これね、昭和51年?そんな頃、私はまだ、子供でお金なんかないよ

みよ吉「これ、25日間盗難騒ぎの桜姫だよ、私が南座へ通いつめた舞台」

Mちゃん「これ、大切にしまってあったんだね、折り目ついてる」

みよ吉「あれ?この藤娘、歌舞伎座のだよ」 

Mちゃん「南座だよ、ホラこのポスター(かさね)新ちゃん(現・海老蔵)とやったとき
踊ったでしょ」

みよ吉「そうそう、最初が『雨の五郎』次が『藤娘』最後が『かさね』」

Mちゃん「あのとき、初めて、一人で南座へ来て、心細かったよ

みよ吉「まだ、私と知らなかったもんね、トークショーで初対面
でも、思い切って来て良かったでしょ。あのときの藤娘も、かさねも最高だったもんね 」

みよ吉「吉原雀だよ、あれ?新之助と似合うじゃない と、思ったのは」

Mちゃん「私もだよ、第一、それまで新之助って知らなかったんだよ」

こんな調子で、玉三郎展は1時間余。

Mちゃん曰く「楽に T子さんくるから、みよ吉さんとだったら2時間以上かかりそう」

Mちゃんは、私宅へ泊る予定だったけど、事情が出来て「じゃあ、又、楽にね」と
東京へとんぼ返り。その後、関西の友人たち3人で『北座』の4階で夕食。

みよ吉「昔は京阪電車も、特急は大阪の京橋を出ると七条までノンストップ
鴨川べりを走ってたんだよね。桜並木が綺麗で」

OさんとAさん 「知ってる、知ってる」
みよ吉「あの当りに踏み切りがあってね」 そう云ったときOさんが

「あっあのバス?大型の ホラ 玉三郎って書いてるよ」
「ええっ  」 信号が青になって、鴨川沿ういに右折

「車の正面に南座て書いてる。 あっ 車のぼでい あれ!!玉さまの二人椀久だよ」

「あの写真 でっかいねえ、坂東玉三郎美の世界展 書いてる うわお〜

3人 食事を忘れて、南座の大型自動車宣伝車の大きな、大きな、玉さま松山太夫に魅了
とんだ高見の見物でした。

南座、力を入れてますねえ 【玉三郎(美)の世界展】に 





南座 あれこれ
今月と来月、2カ月も玉三郎さんの舞台&玉三郎展が続くので、南座に纏わる
想い出などを書いてみようと思います。

実は、母方の祖母(和歌山)が大の歌舞伎フアンで、和歌山から頻々と遊びに来て、
道頓堀の中座、千日前の歌舞伎座、京都南座の顔見世と、母と私を連れってくれました。

だから、南座と私は、2〜3歳ころからお馴染みの劇場なんですが、舞台は全く
覚えてないので(当たり前じゃい)省略します

歌舞伎見始めた年の8月、南座へ大先輩に招待して頂きました。

覚えているのは、二代目鴈治郎丈の【法界坊】 全くの初見で、面白くて面白くて
眠い筈の歌舞伎もこんなのがあるんだ と。目が覚めた思いだった。

又、蓑助丈(8代目三津五郎)の【船弁慶】の花道引っ込みの凄さに

それ以来、毎年顔見世を観賞、まだピイピイの私は、 が無くて、それに
父におねだりして、着物を拵えて・・当時、特に顔見世の観客席は和服が当たり前。
そんな時代でした。

歌右衛門丈の【京鹿子娘道成寺】は、旧大阪歌舞伎座が初見でしたが、
翌年の顔見世でも上演。


二度目にして、やっと梅幸丈と、歌右衛門丈の、踊りの違いが少し分りかけたのが
南座の顔見世でした。長唄が不世出の名人、七世芳村伊十郎さん

「すべてが最高の舞台なんだよ」と、大先輩に教えられて
「ああ そうなんだあ 」頷いた私でしたが、まあ 猫に小判だったのでしょうか。

結婚を境に歌舞伎から遠ざかり。住いが東京移って2〜3年後、歌舞伎観賞復活。

花形歌舞伎の玉さまフアンになってから、南座出演のニュースを演劇界で知る度に
昔、よく通ったあの南座へ玉さまが・・・感無量でした。


76年2月、家庭の都合で大阪へ転居。その翌月南座で、玉さまの舞台を観ることに
なったのです。

【本朝廿四孝】の八重垣姫 【積恋雪関扉】の 小町姫と墨染 【忠臣蔵後日建前
(これは訥升(後の宗十郎)の女定九郎)で、玉さまのお軽は6・7段目とは別

【花吹雪お静礼三】の お静

全部で5役 このときの私の「ときめき 」今でも、思い出すと


観たくてたまらない演目が揃ったこと
関扉は二度目でしたが、お静・八重垣姫・お軽は初見でした。

これから、玉さまと南座を書くつもりですが、今日は、この辺にします。




南座の玉三郎展
【玉三郎(美)の世界展】 5月3日、初日で感じたことを少し。

「1000円で衣装やら色々観られるし、500円追加したら南座の舞台体験も出来る」
「ちょっと早く来たから、玉三郎さんも観られるし」

「シネマ歌舞伎、何故高野聖がないの?あれよかったのに、舞台みてないけど、シネマ歌舞伎で
十分や。舞台より安くみられるよ」

待ってる間にあちこち耳にした会話等を総合すると、上記のようになりましょうか。
東京まで行って玉さまの舞台を観たというような人は、あまり来てなかったような気がしました。

ポスター展示のところで 「あっ私、これでフアンになったんです
突然私に声をかけられてよく観たら、【明治一代女】でした。

「そうなんですか、南座でもやったんですね、私は大阪新歌舞伎座で観たんです。最終幕が
【鷺娘】だったので」
「そうですか、私は新派が好きだったので、でも、玉三郎さん観て、いっぺんにフアンに
なりました」

3日はそんなに混んでないので、ゆったり観ることが出来ましたが、さて、舞台初日の
12日はいかがなものでしょうか。熱烈な友人も来るし、楽ともども、同じ玉三郎展を見ても
ぐっと、違った趣で観賞出来るでしょうから、今から楽しみです

tamagoさま

貴方の大好きな 【椿姫】のポスター 他のより、ひと際デッカイポスター展示してましたよ〜
ワイダー監督が見染めたという【椿姫】 tamagoさまが、少女の夢を叶えてくれた【椿姫】

このポスターは、石黒紀夫さんが「玉三郎のポスターを撮り続けて」

【玉三郎のPOSTER】この本、広げると A3の大きさになる、ポスター集。
この中にその【椿姫】あるの、これと同じです。
南座へいらっしゃったら、中高校・大学時代のご自分に帰ってとっくりご覧になってね。

テープカットと、玉様展 行ってきました
初日(12日)と楽に行くから、実のところ、行く気なかった筈なんだけど・・・
ま、京都は近いし、雨も止んだし・・と。

テープカットは、割と宣伝されてなかったのかな?でも、9時ごろにはいっぱい
だったみたい。私、前にいたから後ろは知らない。

NHKとローカル(ちちんぷいぷい)が来てました。
今日の関西ニュースを気をつけましょうー。


玉さま 昨日から南座に来られて、いろいろやって(展示について)
らしたそうです。
テープカットのあと、すぐ名古屋ですもんね。

玉さまお疲れさまでした 12日に又、京都へいらっしゃいませ!

玉三郎 美の世界展について、又、書きますが、でも、皆さんいらっしゃるから
あまり報告の必要もないかなあ・・と。

あれが欲しかったあ 何 

82年2月南座で【桜姫東文章】上演のときの
 当時、貼っても、貼っても、盗まれたというあのポスターが
展示されてました。懐かしい〜 私、南座へ通いましたよん あのとき。


最近のでは、ベニスでの 可愛い〜笑顔の・・あの写真欲しい〜

今日は、この辺まで。


玉さまと南座 そして5月
早々に、今月のコメントが更新されてました。

昔々、南座での花形歌舞伎公演が、とても懐かしそうに語ってらっしゃいます。

1971年に初められた花形歌舞伎は、演舞場が6月、南座が8月。
20歳そこそこでは考えられない大役が次々。それ即ち玉三郎ブームイコール興行成積アップ

当時東京在住の為、遠征はしなかったので、8月の南座は観てませんが、私が大阪に転居早々
【八重垣姫・小町姫と墨染・お静礼三・おかる】が、南座初見になります。

そして、桜姫(南座初演)そして、桜姫(南座再演・孝・玉コンビ)等々、
私にとっても、懐かしい、忘れられない舞台ばかりです。

舞踊公演の初演が【娘道成寺】【籠釣瓶】も、勘・玉・仁のゴールデンコンビも南座が最初

今回の【玉三郎の世界展】 いろんな意味で楽しみいっぱいです

12日、南座正面での、玉さまのテープカット、ええっ  当日を想像すると

「えらいこっちゃあ〜 」

だってさあ、南座の前は狭くて、四條通りに面してるし、四條通り歩行者天国にしてくれ〜

私は早朝6時に家を出て・・まさかあ でも東京方面から来るMちゃんよりは
早く行かないと申し訳けない とか何とか云っちゃって、玉さまの傍に行きた〜い

ちょっと、思い出したのは仁左衛門襲名のとき(98年5月)
(たしか、その日は4月27か28日か??)

仁左さんの船乗り込みのあと、松竹座の入口前で仁左さんの挨拶
押されて突かれて、途中で帰ろうと、同行のR子先生に合図しても、
人垣から脱出するのに死ぬかと思った

「玉さまと5月」は、又、別項にします。



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