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玉様を観続けて40年!

【夏祭浪花鑑】 続き
09年7月、玉さまと海老蔵さんコンビ公演で、海老蔵さんの出し物として
【夏祭浪花鑑】が上演されてましたね。


あの時は、その3年前にも、海神別荘と天守物語観たばかりだから、又、同じものなんだ
それで私、観なかったです。筋書が手元にあるので?? Mちゃんか T子さんに頂いたんだ・・と。

2~3年 いや 隔年 いや 毎年 出ても きゃあ~っ と、喜んだのは
お芝居では 【桜姫東文章】と 【七段目】 舞踊は 【道成寺】と【鷺娘】 【二人椀久】

【お染の七役】は、数年~10年~15年振り これは逆にイライラ もっとやってえ~

又ぞろ、幸せ過ぎた昔話になっちゃいました 今、思えばやっぱり、玉さま、若かったです。

だから、今回も、又かあ、天守物語って感じ。【かさね】は、もう出来ないのかい?
2000年6月 南座でやったとき、素晴らしかったんだよなあ、前半の美しさと後半の凄まじさ

歌舞伎座で観た孝夫さんとの時より、もっと凄かった  新之助クンもフレッシュだったし。

あれ、又、ぼやき節になっちゃった (ごめんなさい)

【夏祭浪花鑑】初見は、S、27年 13代目仁左衛門丈の団七
今でこそ、舞台で本水使用が珍しくないけど、当時は、まして歌舞伎初心者の私には、
あの舞台でのドロドロは  

60年以上も経ってるのに、はっきり覚えてます。8代目三津五郎(当時・蓑助)の儀平次も
強烈な印象を残して。丈は、【少将滋幹の母】の国経(80歳の役)も、好演だったし、
恥ずかしながら、私、蓑助丈はおじいさんだと思ってました (実際は確か50代前半かな)

初見から21年後、玉さまが琴浦で出演、ただただ綺麗綺麗の印象のみ。
この公演で、昼が三代目猿之助の演目ばかりで、南紀蓑島の友人が上京して来て・・

余談ですが、三代目猿之助さんの【鏡獅子】観て、後シテの迫力、毛ぶりのまま、台に上がったのには
(それは六代目しかやってないとか) びっくり

17代目勘三郎丈が団七と、お辰の二役、初見で団七だった13代目仁左衛門丈が三婦だったので
あらまあ、嘗ての団七も、老け役かよ、なんて思ったり、孝夫さんがチョイ役で。
まだ、孝・玉コンビ生まれる前だからね。

お梶は78年と84年と2回 でも、前者は藤娘と地獄変 後者は娘道成寺と三世相 綺麗綺麗の
玉さまばっかり目当てだから、お梶は印象が薄くて・・・ミーハー代表のみよ吉でして。

お辰を演じた89年は、大好きな当時の勘九郎さんの団七だったし、
昼は【六歌仙】で5人を彼一人で踊り、小野小町とお梶が玉さまだったから、
26年の歳月が経ったのが嘘のよう・・
今も尚、脳裏にはっきり刻まれてます。

昨今の舞台は、通り過ぎてしまうことが多いのですが、去年の師走、お軽同様、7月も又
忘れ得ぬ舞台でありますよう、期待しています。 【歌舞伎の玉三郎】に。



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【夏祭浪花鑑】
【夏祭浪花鑑】は、1989年9月、歌舞伎座で勘三郎さん(当時勘九郎)の団七、玉さまのお辰
で観て以来26年振りです。

(近年よく出る演目ですが、玉さま出ないから、ナマは勿論TV中継も全く観てないので)

写真の友人 Nさんに しました。


「7月、東京へ行く気ある?」 受話器の向こうから彼女の   笑いが止まらな~い

「演目次第で、90%止めるつもりだったの、本当よ!」 それでもまだ、Nさん

中幕 『三婦内』の場 夏祭りの雰囲気がいっぱいの舞台

チャリン 花道から黒帷子の衣装に日傘さして、玉さまの お辰が登場
うわお~

当時、世話物での、玉さま、花道の出と云えば、紫縮緬の御高祖頭巾に半開きの傘 『かさね』や
浅葱色の衣装に、手拭の吹き流し 『十六夜』とか、船に乗って登場の『盟三五・・』の小万とか

『綺麗綺麗の玉さまあ~』  を見慣れていたのですが、『夏祭浪花鑑』の お辰さんは、
ちょいと違うんだなあ  あの黒地の衣装がよく似合って 渋さの中の美しさ

暑い、暑い、夏真っ盛りの雰囲気の中に、この お辰さんの出によって、涼風が・・・

こんなこと思い出している中に、遠征はヤメタ筈が・・う~ん Nさんにしちゃえ~って
ことになっちゃったわけでありまして・・・

「火曜と木曜を除いて、あとはOKよ」 狼少年の私には慣れっこになってるNさん
さんざん笑ってから、二つ返事で決まっちゃった

その5年前は、玉さま、お梶でした。17代目勘三郎丈が、お辰と儀平次だったのを、覚えています。 又、
私が初めて観た【夏祭浪花鑑】は 何と、旧・大阪歌舞伎座で、団七が 13代目仁左衛門丈でした。

私が昔観たオーソドックスな懐かしい、【夏祭浪花鑑】に関する話題、次回に続けましょう。    
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