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玉様を観続けて40年!

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絶間姫 その2 コンビあれこれ
1952年(S27年)道頓堀中座公演(8代目三津五郎と扇雀{現・坂田藤十郎)が、私の【鳴神】初見です。

当時の私は歌舞伎1年生、いや幼稚園児に等しく、舞台の記憶は曖昧ですが、今も覚えている事は
白雲・黒雲2人の坊主が、聞いたか聞いたか・・更に酒樽と蛸を出したり、絶間姫を見ての
「竜女じゃ」「いや、天人じゃ」等々やりとりに、歌舞伎狂の大先輩に「道成寺と同じだね」と、私。

すると、先輩は「鳴神の方が先よ、道成寺の方が丸取りしたのよ」と。
その前年、芝翫から6代目歌右衛門襲名、大阪歌舞伎座公演で「道成寺」を観たので、
観劇順が逆だったわけです。 カビ臭い話はこれくらいにして。

丁度その20年後、玉さまの絶間姫に出会ったわけです。

白雲坊は、あの弥五郎さんでした。再演も再々演も。今はただただ、懐かしくて・・・・

玉さまの絶間姫、記録を調べると、海外公演も含めて、何と今回で11回目演じてます。
海老蔵さん(故・団十郎) 孝夫さん(仁左) 勘九郎さん(故・勘三郎) 故・富十郎さん。

海老蔵さんとは、70年9月・72年6月・81年7月・82年6月・85年6月、
歌舞伎座・演舞場・NHKホール・アメリカ・歌舞伎座で。

孝夫さんとは、75年8月・81年9月・86年6月 南座・歌舞伎座・フランスで。

勘九郎さんとは、91年10月、ロンドンで。富十郎さんとは、87年1月・国立劇場で。

私が観たのは、海老蔵時代の72年演舞場と、団十郎襲名85年6月。

孝夫さんとは、81年9月歌舞伎座公演で。

当時フアン同士が、海老・玉と、孝・玉コンビの二派に別れ、勿論私は後者派

でも、【鳴神】は絶対、孝夫さんよりも、海老蔵さん 特に団十郎襲名が素晴らしかったです。

口跡爽やかさなら当然、孝夫さんに軍配上がるし、意外にも孝夫さんは線の強さがあり
結構よかったのですが。

団十郎さんの持つ、あの大らかさ、厳しく戒律を守る高僧にピッタリで、
発声法に難のあることも、さほど、気にもならず、荒事になってからは、さすが市川家のお家芸

玉さまの絶間姫(20代)は、線が細く、可愛ゆらしさ、嫋嫋とした美しさ、幼い中の艶っぽさ
まだ美少年の域だった素の玉さまが、舞台ではこんな大胆な色っぽさもみせて
そのまま、歳月(30代)を経て、団十郎襲名興行に相応しい絶間姫を魅せてくれました。

団十郎・玉三郎コンビの【鳴神】を観ることが出来たのは、最高の幸せでした。

勘三郎さん(鳴神当時は勘九郎)のことを、書くつもりですが、長くなったので
又、明日にします。

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