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玉様を観続けて40年!

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【二人椀久】
東京滞在3日目に、私たち 5人で、12月の舞台や、これまでのあれこれを
談笑したので、その楽しかった話題は、又、改めて書くことにします。


さて 玉三郎・海老蔵コンビの 【二人椀久】の感想に入ります。

先ずこの舞踊は、踊り手が美男美女であれば、より幻想の世界にどっぷり浸ることが出来ます。
そういう意味では、このコンビは文句なし、結構でした。

前半、松山恋しさのあまり、錯乱して浜辺を彷徨う椀久の哀れ(現実)

真中、まどろむ中、フト目を醒ますと、愛しい松山太夫の姿が(幻想)

後半、松山の姿が消えて、昔日の夢の跡だけが残る哀愁(現実)

松竹座の杮落しのときの筋書だったでしょうか、玉さまは仰っいました。

「松山は、この中では死んでいるのではなくて、椀久の幻想の中で見えてくるもの
として演じています。お客様も一緒に夢を観るという感じになればいいのでは
ないでしょうか」


仰る通り、夢まぼろしの松山太夫に、酔わせて頂きました。(特に、嘗ての仁左・玉コンビに)

ですが、今回、肝心の椀久は如何なものかと。 玉さまだけ観てればいいって
『二人藤娘』は終始、玉さまだけ観てました。画期的だった『二人道成寺』とは違い、
たった20分の短い『藤娘』は一人で充分、却って二人は煩わしい・・これは私感ですが・・

でも【二人椀久】は、哀愁美の連れ舞、急転、舞台が明るく早間になる廓での華やぎ、
舞の急テンポが高潮したところで、松山が消え、そこに孤独の椀久が茫然と・・・

松山への思慕が座敷牢という過酷な仕打ちから、狂気となりやがて住吉の浜辺で死んだと
伝えられる椀久、人生の無常をひしひしと感じる名曲です。

その筈なのに、海老蔵さん、松山への思いが殆ど伝わって来なかったんです。
硬いと云うより、恋焦がれた松山太夫、夢まぼろしに姿観た松山太夫・・
海老蔵さんからそれが見えてこなかった。観る前から予想はついてましたが・・

97年、新之助時代【吉原雀】を踊って、「ありゃ 玉さまと似合うじゃないの 」
以後、南座舞踊公演での【かさね】【吉野山】 歌舞伎座初演の【天守物語】
【源氏物語】 更に、一連の鏡花物。
特に【かさね】が良かった 今回【かさね】だったらよかったのに・・と。
Mちゃんが 「かさねと絶間姫じゃあ、玉さまが大変だよ」 そうでした。慾深いみよ吉

玉さまとの名コンビ仁左さん・勘三郎さん・団十郎さんに次ぐ、海老蔵さんだと(私好みです)
やっぱり、舞踊は、特に【二人椀久】は難しいですね。

私は、仁左さんとのコンビを観過ぎました。そんな仁左さんでも、
初演(85年2月)の孝夫さんは
硬くて色気不足で・・・
でも、早間になってからの二人、美男美女の幻影に陶然となってました。


海老蔵さんの名誉のため、追記します。

彼の鳴神上人は、豪放さとか、注文つければ多々ありますが、数多くの名女形が演じた
絶間姫の中で、まだ20代の頃から、ベスト2と絶賛された玉三郎さんを相手に演じ
先ずは無難だったと・・・。

昼夜通して、【鳴神】が一番良かった あの絶間姫に再び会えるとは
終わり良ければすべて良し

玉さま ず~っと、ず~っと、いつの時代でも、幸せをいっぱい下さって有難うございました。
お疲れさまでした。



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