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玉様を観続けて40年!

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ミーハーの語源とは
誰でも、気軽に使ってますよね、ミーハーって、その語源をスマホで発見 何と 【長谷川一夫】だったそうです。

長谷川一夫と云えば、昭和初期から亡くなるまで、松竹10年・東宝10年・大映10年・東宝歌舞伎30年の約60年間、
一度も人気衰えず永遠の二枚目として君臨した大スター 俳優では一番最初に国民栄誉賞を受賞した人。

玉さまフアンなら昭和60年発行の『太陽』別冊の【長谷川一夫をめぐる女優たち】 ご存じだと思います。
『女形が女形を語るとき』 玉さまの対談掲載されてますよね。


初代中村鴈治郎の弟子、林長丸と云う名前で歌舞伎の女形として舞台を踏み、倒産目前の松竹時代劇を
甦えさせる意味で長丸を映画界に呼び、19歳で林長二郎と名を変え、デビュー

その美貌で忽ち超人気スターになり、松竹下加茂の黄金時代を築いた林長二郎

昭和初期、若い女性が飛び付く食べ物は (みつ豆)だったそうで、(今だとへえ~何それって感じですが)
それと、99・9%若い女性フアンを一人占めしてたのが、林長二郎

そこで、みつ豆の(み)と、林長二郎の(は)をとって、あの子もこの子も好きな(ミーハー)と云う言葉が生れたとか。
よう云わんわ じゃあ私は2~3歳ころから、ミーハーだったんだ

母・姉・そして、近所に住んでいた母の従姉妹4人、合計6人 み~んな 長二郎、長二郎 って当時の月刊誌
『オール松竹』 観てキャア~キャア云ってたから、まだ何だかよく分らない私も一緒になってキャッキャ

玉さまの【お染の七役】が、歌舞伎座で15年振りに上演された2003年の10月、今も活躍の劇評家 
水落氏とお会いした時(多忙な時間を割いて、私みたいな者に会って下さり恐縮でした)

「数多く芸能界の方にインタビューしたけど、長谷川さんほど謙虚で人格者はいない・・云々」
水落氏はお若いころ、毎日新聞記者だったから(玉さまの記事いっぱい読みました )

大スターの長谷川さんが、若い記者のインタビュー受けるのに、一時間も前から座布団も敷かず正座して
待っていてくれたそうです。すご~い 

私自身の10代は長谷川一夫・20代は大川橋蔵・40代以後は玉三郎 フアンだと云うことを話たら

「分りやすいですねえ、一本、筋が通ってますな」って

ミーハーってこと?いや、若くして亡くなった橋蔵さんは別として、
長谷川さん・玉三郎さんは、再び出て来ない100年に一人だと云うことで共通しているってことでしょう。

観る目があったなあ、みよ吉は 一度も、よそ目にぶれたことないから・・なあ~んちゃって

もう今はミーハー返上 すっかり落ち着いて 読書三昧  篠田桃紅さんの「103歳になって・・」
この感想も書こうかなあ・・と。玉さま26歳のとき、篠田さんをインタビューしてますよね、その記事
改めて読み直したり(篠田さん 64歳のときですね) 面白い。
 
体調崩して中止していた私自身の【自叙伝】 第十四章からの続きも書き始めてます。

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