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玉様を観続けて40年!

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玉さま決算書 その14
玉さま 40代 初見の鏡花もの

【海神別荘】の 美女  これ一本のみ。  日生劇場にて初演

日生劇場は99年7月から2000年2月まで、改修工事のため閉館、3月がリニューアルオープンで
その記念に相応しい公演として、玉三郎・新之助(現・海老蔵)の新コンビとしての 【海神別荘】でした。

もう何度も書いたと思いますが、日生劇場ならではの、高い階段を生かした、あのカーテンコール
(平日は3回、楽は5回)は、16年経った今でも、昨日のように目に浮かんできます。

それは3回目のカーテンコール、無人の舞台  そして、目を凝らして舞台を凝視 つつつ・・・その時
真珠の飾りをした純白の衣装で、幾つもの階段を駈け降りて来たその名も 『美女玉さま』


同伴の R子先生が 「うわ~ スカーレット・オハラみたい  」と、叫びました。
ピッタリのその表現に、私も舞い上がってしまって

次に階段を二つづつ飛び降りて颯爽とした、『公子新之助』 カッコ良かった

歌舞伎座で再演(06年)のとき、Mちゃんが云いました。

「カーテンコールは、歌舞伎座には階段がないから、あの日生劇場のような期待はしなでね」
(海老蔵さんは、新之助時代よりはずっと進歩してました)

その3年後、さよなら公演でもやりましたね。 スカーレット・オハラは観られなかったけど

玉さま 40代 初見の舞踊もの


【楊貴妃】の 楊貴妃   【葵の上】の 葵の上  【春興鏡獅子】の 弥生・獅子の精  長唄お囃子連中

【鐘ケ岬】の 清姫  地唄  【須磨の写絵】の 松風 清元連中  

【英執着獅子】の 傾城後に獅子の精  長唄お囃子連中  【時雨西行】の 江口の君  長唄お囃子連中

【茶音頭】の 芸者 地唄   【吉原雀】の 鳥売りの女  長唄お囃子連中  【蜘蛛拍子舞】の 妻菊実は蜘蛛の精  

【深川八景】の 芸者  荻江節   【釣女】の上﨟 常盤津連中  【雪月花】の 桜の精  長唄お囃子連中  

【鐘ケ岬】の 清姫 (素踊り) 地唄                

以上 14本です。  この時期から舞踊が多くなり、例えば 【楊貴妃】は 【京鹿子娘道成寺】と
【葵の上】は 【藤娘・鷺娘】との 3本立 いずれも、フエステイバルホールでの公演。

お陰??で、【葵の上】は、印象が薄くて・・つまり 私の思いは 【藤娘】 更に 【鷺娘】だったからでしょう。

【鏡獅子】 歌舞伎座初演  びっくりしたなあ もう まさか、まさか 20~30代まで 想像も出来なかった
20代の時の後援会会長が、大平正芳外務大臣(後、総理大臣)が、玉さまとツーショット

大臣が 「これが、本当の美女と野獣だね、鏡獅子を観たいが・・・・無理かな」
全員揃って 「ムリ ムリ」  フアンも 「ムリムリ」

鏡獅子は20代初演が多いです。 私の観たのは、鶴之助さん(後の富十郎) 扇雀さん(現・藤十郎)
勘九郎さん(18代勘三郎) 勘太郎さん(現・勘九郎)みんな 20歳前後。 菊五郎さんは25歳位だったかな。

所が、三代目猿之助さんは、30代半ばが初演 確か、玉さまの 【一本刀・・】の お蔦を観た時だと。
その獅子の迫力にびっくり  凄かったです  でも、弥生がねえ 
それで 30代半ばまで踊らなかったんだと納得。 体操みたいだった  シツレイ

玉さまはその逆、弥生は気品があって、二枚扇も素晴らしい
劇評も絶賛されてました。 ただ、後シテには全く触れてなくて・・・これも、変な納得したもんです。

今日はここまでにします。

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