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玉様を観続けて40年!

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玉さま決算書 その16
玉さま 50代の世話物

【伊賀越道中双六】 沼津の お米  【心中天網島】の 小春  【三人吉三巴白浪】の お嬢吉三
以上の 3本です。

『沼津』は義太夫狂言の数ある世話物の中でも傑作ですね。 

私がまだ歌舞伎初心者の頃、寿三郎の十兵衛・初代猿翁の平作・2代目鴈治郎のお米が
初見です。まだ馴染めてなかった歌舞伎なのに、いいお芝居だなあ・・と
その後も寿海・猿翁・鶴之助とか、2代目鴈治郎・17代目勘三郎・芝翫等々 もっと観てるかも。

この時(2001年3月) 玉さまの お米と、勘三郎さんの平作は 初役。
『沼津』を、仁左・玉・勘 の3人で観られるなんて、幕が開く前から感動していた私でした。

仁左さんと、勘三郎さん、 客席通路を歩くときアドリブの連発 「70歳?若く見えるねえ」
 「あんたより若く見えるだろ?」 客席爆笑 実際年齢が仁左さんの方が10歳余年上だから 
これから起こる悲劇を前に、愛嬌たっぷりの勘三郎さん   てくれました。

玉さまの出、地味なこしらえで貧しさが伺えるのに、野原の中に、ひっそり咲いた美しい花
お米を一目見て、急に泊りたいと云った十兵衛の気持ち、よ~く分りました

夜更けに、十兵衛から薬を盗もうとして失敗して平作に折檻されたあと、身の上話を語るくどきが
お米の見せどころ。 恋人志津馬への情愛がこもり、しっとりとした玉さま 素敵でした。

【心中天網島】 通し 近松門左衛門の最高傑作

1950年代半ば過ぎから 『河庄』は、2代目鴈治郎・扇雀(現・藤十郎)の親子コンビで、3回位 又、
3代目鴈治郎襲名後は、秀太郎とのコンビで・・又かよ と思うほど

一斉を風靡したと云う、初代鴈治郎の当たり役でお家芸だと承知していましたが、正直『河庄』は
あまり好きな演目ではなかったのです。

が、玉さまが初役で小春を それも通しはこの時が初見だったこともあって、文楽劇場と南座で観賞。
先ず、『河庄』観て  ええっ こんな場面あったかしら なかったよなあ

『河庄』 一幕の幕切れ 小春が泣く・・舞台が廻る 治兵衛と孫右衛門が花道へ・・・いつもは、ここで幕
が・・格子戸からそっと覗く小春 友人が思わず 「きゃっ 可愛ゆ~い」 私は、あれ??

やがて表に出て涙ながらに治兵衛を見送る小春・・・静かに引き幕がちょ~ん ちょ~ん

劇評に 「一人で幕を切る スター玉三郎の・・云々 然し、玉三郎の偉いのはスターでありながら、
肝心のところは、引き締め気を入れて演じるので、スター主義に陥るような弊害は決してない。
確かに、従来の小春たちとは違う。然し、決して狂言の色は変わってない、そこが、いかにも
玉三郎の頭の良さ・・・後略」


つまり、スター扱いを受け、スター性を発揮しながらも、舞台は、あくまでも『紀伊国屋小春』だった
ということでしょう。 思いがけない幕切れにすご~く得した気持ちの私でした。

大詰 『道行名残の橋づくし』 

~~梅田橋から緑橋 桜橋から大江橋 天神橋を渡って・・・この浄瑠璃の良かったこと
治兵衛・小春は花道で・・・本舞台は走馬灯のようにぐるぐる回って網島の大長寺へ・・
 

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