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玉様を観続けて40年!

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総決算 【藤娘・鷺娘】 その2
玉さまの代表作 【鷺娘】 

【鷺娘】で後悔していることがあります。それは、2009年1月 歌舞伎座公演を 観なかった事。
まさか、あの公演が【鷺娘】 最終だとは、夢にも思わなかった あの時のショックは忘れられません

コメント拝読して、玉さまがこんな思いで【鷺娘】を、踊って下さってたんだ 
いつでも観られる、当たり前みたいに、思っていた贅沢で傲慢な自分に喝

改めて【鷺娘】 そのそれぞれの舞台観賞を回顧してみました。

歌舞伎座 6回  松竹座・南座・フエステイバル 各 2回 

旧・演舞場・浅草公会堂・大阪新歌舞伎座・お台場・横浜21世紀座・博多座・浪切ホール
兵庫県立芸術劇場  各 1回 づつ。  合計 20回


名古屋や地方公演は観てない私でも、娘舞踊物の中で【鷺娘】はダントツ
当然、玉さまは 【鷺娘】を一番多く上演されてます。

1984年 メトロポリタン・オペラハウス創立百周年記念に超一流の世界のアーチストが出演した中で
34歳の玉さまが、日本代表として 【鷺娘】を踊られたんですからね。

玉様 「信じられないでしょう。もう有難い話で、僕もあれが過去の栄光にならないようにしなくちゃ」

記者 「本当に世紀に残る公演でしたね」

玉様 「特別公演ですからねえ。 もう二百年祭は、僕見られないから (笑) 」

これは特別として、こうして並べてみると、【鷺娘】も又、多様な劇場で観賞出来たなあと。


旧・演舞場が初見ですが、確かこの時は、従来の幕切れ (二段に上がって見得)でした。
傘を二本使ったのを一度だけ観た事があります。多分、この時だったと・・・

玉さまより前に昔、他優のを観ましたが、30分余のこの踊りに何度も衣装替えは、要らないのでは
そんな感じをしたものですが、玉さまの場合、逆に着せ替え人形の可憐さでよくあってるなあ・・と。

初見はそんな思いの、【玉三郎の鷺娘】でした。時に27歳

あるパンフのインタビューに

「六世・藤間勘十郎先生(勘祖)が 『どれも二段構えだから、あなたは死んでみる?』 
と、仰ったので、じゃあ死にましょう (笑) と」

そして、玉さま特有の、息絶える 【鷺娘】が 生まれたそうです。

大阪新歌舞伎座のときは、【明治一代女】と 最終幕が 【鷺娘】

演舞場や、浅草公会堂と違って、広い舞台を効果的に使い、『瀕死の白鳥』の幕切れは
傷ついて徐々に弱っていく白鷺は凄艶で、玉さまならではの【鷺娘】だと痛感しました。

特別変わった印象度の強いのが、お台場と横浜21世紀座

お台場は、【四季の山姥・藤娘】のあと、最終が【鷺娘】
前幕の松羽目から変わって黒幕 シンシンと降る雪 能舞台だったから?
それとも、会場が会場だからか、いつもとは異なる風情を味わいました。

玉さまは、幕切れの予定では舞台うしろにお台場の海をみせたかったそうです。
会場の都合で実現しなかったとか。 もし実現してたら、どんな幻想の世界だったでしょうか。 


横浜21世紀座 これはもう忘れようったって、忘れられませんね。

カウントダウン公演 2000年12月31日(日曜)23:00時開演 21000円
あの日の【鷺娘】の雪を、小さなビニール袋に入れてフアイルしたチケットに添えています。
とにかく、生きて再びあのような日はこないでしょ、100年に一度だから。

白鷺が息絶えて   その後、そのまま起き上った玉さま、下手、上手、中央と
長い袖をそれぞれ手に託して、丁寧にお辞儀をする玉さま

歌丸師匠の入院で、急遽 玉さまがカントダウンの口上が控えているのに・・
静かに、静かに、お辞儀を  感動のひとときでした。

舞踊は絵画他の美術品と違って、踊ったあとは消えていきます。でも
その時の舞台を観た私たちしか分らない『至福』は、永遠に残っています。
 

昨日、途中までで保留にしてました。今日(19日)はその続きを書きましたが・・・
まだ、書ききれないので、一先ず今日はここまで。
(今だから、冷静に書いてますが、その日、あの日は
 大変だった自分を思い出してます)




    

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