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玉様を観続けて40年!

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総決算 【丸本歌舞伎の時代物】その1
9月の役柄 【妹背山婦女庭訓】 吉野川の場 定高 と知ったとき、真っ先にメール
送信した相手が T子さんでした。


時代物 特に丸本もの大好きな T子さん、玉さまが出てない舞台でも観劇されてるから
9月は T子さんの喜ぶ顔が浮かんで
勿論、定高初役だった 2002年1月の舞台は観賞済でしょうけど。

丸本歌舞伎の三大代表作と云えば 【仮名手本忠臣蔵・菅原伝授手習鑑・義経千本桜】
ですが、【妹背山婦女庭訓】も又、上記の三作品に勝るとも劣らない名作だと

歌右衛門丈が独占(定高)していた関係上、玉さまは、雛鳥と、定高を一度づつしか演じてない
こともあって、私自身も、初見は初心者のころ、南座の顔見世と翌年の旧大阪歌舞伎座、そして
約45年後 1999年10月、玉さま初役の雛鳥 と、僅か3回です。

初心者の頃は、「上手、紀伊国領主大判事の背山、下手が大和国領主の未亡人定高の妹山
客席が吉野川に見立てた 云々、和製 ロミオとジュリエット」と、先輩の解説付きで観ましたが、
その絢爛さに驚くばかりでした。

上演記録を見ると、南座顔見世では、大判事が関西歌舞伎の重鎮 寿三郎が大判事、
定高が3代目時蔵(現・時蔵の祖父) 久我之助が二代目鴈治郎、雛鳥が扇雀(現・藤十郎)

今ごろ見てびっくり 二代目鴈治郎が??全く記憶なし
大阪歌舞伎座では、覚えてるのは、鶴之助(5代目富十郎さん)の久我之助、扇雀の雛鳥で
鴈治郎丈が翌年は 定高 ええっ 

あれから45年振りに『吉野川』を、それも 玉さま初役 雛鳥を観ました。

あまり偉そうなことは云えませんが、私も、歳月を経て、それなりに歌舞伎とは何たるや が分ったときでもあり、

王代ものの大ロマンで、舞台の美、妹山、背山 両方に分れた浄瑠璃の掛け合いの音曲の耳美 等々
あの舞台では、妹山の語りが 竹本葵太夫さんで素晴らしかったのが記憶に残ってます。


大判事と定高 両花道からの出 (玉さまの雛鳥のときは、幸四郎さんと芝翫さん)が
難しいですね、表面はお互いに不和であり、息子と娘の命をかけて・・・・ 

1999年10月の筋書きに芝翫さんの話

「初代吉右衛門の、おじさんの大判事がセリフ云うたびに、その声量で屋体が揺れる
それが面白くていつも舞台裏から観てました」
初代はそんなに声量があったんですね

『妹背山』の玉さまと云えば お三輪がすぐ浮かびますが、当代一の立女形として定高を、
先ず、その花道の出からじっくり魅せて頂きましょう。


久我之助と雛鳥の首が吉野川の急流にを渡って いわゆる 「雛渡し」 



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