玉様を観続けて40年!

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

忠臣蔵余話
友人の話だと、今月の歌舞伎座見応えがあるようですね。チケットの売れ行きと反比例 ?

【元禄忠臣蔵】 の通しは、私、一度も観たことありません。真山青果ものは 『セリフ劇』 ですから
通しだと、想像しただけで疲れてしまいそう。

「『大石最後の一日』 を、仁左さんの大石で観たかった」 と、T子さんが云ってました。

真山青果は当初 『大石最後の一日』 を昭和の初期に書いて好評だったので、以後、10年弱の間
あとの芝居を作ったとか。だから、順序は後先なので、一貫性に乏しい反面、一編一編が力作だとか

『お浜御殿・大石最後の一日』 のニ作品が頻繁に上演されるのは、登場人物が多彩であるとか、ドラマチック性が高いとか。
私が観たのは、このニ作品だけなので、えらそうなことは云えませんが。

私の父は教育に関わる国家公務員だったので、家の本棚には見渡しただけで本のニガテな人なら、疲れてしまうような書籍が並んでました。

そんな環境のせいか、幼い頃から本好きの私が10歳の頃、父の本棚から一番先に読んだのが
『赤穂義士銘々伝』 でした。

若草色の布で作られた表紙、立派な箱入で、1400頁ぐらいの重い重い書物でした。 浪士でなく義士というのも、時代を感じます。

10歳では、まだ読めない漢字もあり、父に聞きながら夢中でした。47人フルネームで覚えたり、
四十七志の中で 「磯貝十郎左衛門正久が一番の美男で・・・」 の項を一生懸命読んだのを、懐かしく思い出しています。
いろいろな映画会社の『忠臣蔵』 を次々観て、それぞれのイメージが違って戸惑ったり

歌舞伎観初めの年に 『実録忠臣蔵』というのが、大阪歌舞伎座で上演。

市川寿海丈が扮した 「小山田庄左衛門」 が、愛した女のために討ち入りに間に合わず、
山鹿の陣太鼓を聞きながら、雪の中で切腹した一幕だけ、今でも、はっきり覚えています。

実録ですから、時代劇の延長線のような舞台だったと記憶しています。

でも 「四十八人目の男」 は、毛利小平太だし、小山田は酒に溺れ、お金を盗んで逃亡した・・と歴史の本に載っていたから・・なんで、あの芝居は小山田だったんだ 

それにしても、歌舞伎フアンや、歴史の好きな人は、年齢関係なくお馴染みの世界でしょうけど、
アンチ歌舞伎の若者には、チュウシングラって何   でしょうね。  

Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © 玉さま模様今むかし. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。